ぼくと地底の恐竜たち

〜真の勇気を求めて〜

「世界でいちばん大きな恐竜を知っているか」
「アルゼンチノサウルスでしょ」
 ぼくは即座に答えた。そんなの三年生のときから知っている。
 地球上にあらわれたもっとも大きな生物は竜脚類恐竜で、その中でも最大の恐竜だ。
「ただし、今のところ全身の骨格標本は見つかってなくて、四肢と脊椎の一部しか発見されてない。一部の骨の大きさは巨大で、似た恐竜と比べるとその体長は四十メートル前後、体重は九十トンと推測されてる」
 ぼくは一気にしゃべった。

「地球は生まれてから四十六億年ほどたっている。最初はマグマの塊だったが、長い長い年月をへて、冷えて海ができ、陸地ができ、現在の地球になった」
 数時間前にガーデン公園の地球回廊で見てきたことだ。
「そして、約三十八億年前に生命が誕生した。五億年ほど前に魚類が出現し、さらに一億年ほどして、一部の魚類は両生類として陸に上がった。三億年ほど前にはわしら恐竜が出現して、あの時まで全盛期を誇ったんじゃ」
「グレイトインパクトですね。地球に巨大いん石が衝突して、そのときにまきあげたほこりが地球をおおい、太陽の光をさえぎって氷河期になったんでしょ。植物は枯れて、栄えていた地球上の生物の多くはほろんでしまった」
 ぼくはいった。車の中で父さんと話したことだ。
「あたっておるが、ちがう部分もある。地球上の多くの植物は枯れ果て、生物は死んでいった。じゃが一部の植物や生物は生き残ったし、私たち、恐竜の先祖も地下に逃れ、今まで生きておる」
 いつの間にか、ぼくらの周りには、ほかの恐竜たちも集まっていた。プッチとララもぼくの横に座り、ケラ長老の話を聞いている。
「でも、大きさがずいぶん変わった」
「食べものが極端に少なくなり、住める場所も少なくなった。だから、何千万年もかけて、自分たちの体を進化させたんじゃ。食料が少なくても生きていけるように、せまい土地でも住めるように、体を小さくした。だから生き残ることができたんじゃ」
 ぼくはジジに聞いた進化という言葉を思い出していた。
 プッチたちの長い長い進化の歴史だ。考えると気が遠くなりそうな時間の流れだった。
「植物は食べると、数が減ってしまう。体が大きいとたくさん食べなきゃならないだろ。住む場所も広くなければならない。仲間たちが生き残るにはこの道しかなかった」

 森を抜けると小さな草地に出た。中央に数頭の恐竜が集まっている。
 ぼくとプッチが草地に入っていくと、集まっていた恐竜の目がいっせいにぼくに向けられた。ぼくは思わずプッチにしがみつきそうになった。
 プッチは恐竜たちの中に入っていくと、中央にいる恐竜に頭を下げた。プロトケラトプスだ。
「ケラ長老だ。ここで、いちばんの年寄りで、かしこい恐竜だ」
 プロトケラトプスは大きい恐竜ではないが、図鑑には二メートルほどとあった。でも、目の前の恐竜はぼくの腰ほどの高さだ。鳥の口ばしのような口で、ちょっとまぬけな顔をしている。

 畑では十頭以上のブラキオサウルスやティラノサウルス、アンキロサウルスが働いている。でも、すべての恐竜たちが、ぼくが本やテレビで見たような、何十メートルもあるような巨大な生きものではない。人間の大人より小さい恐竜だ。
「あの恐竜はティラノサウルスじゃないの」
「そうだよ。農作業はみんなで協力してやるんだ」
 よく見ると、ティラノサウルスやラプトルといった、肉食恐竜もたくさんいる。彼らが話したり笑ったりしながら共同で農作業をしている。
「肉食恐竜もいる。彼らは野菜なんか食べないんじゃないの」
「食べるよ。ジュンだって、肉も野菜も食べるだろ」
「肉は好きだよ。野菜より。でもときどきしか食べない」
「かくさなくてもいいよ。でも、農作業はみんなで協力してやるんだ」
 プッチが一歩下がって、気味悪そうな顔でジュンを見ながらいう。
 恐竜たちはトウモロコシの茎を口で器用にかみ切って集めている。
 バナナやリンゴの木もある。その向こうには前に見たキャベツやジャガイモの畑もあった。
 ぼくは畑で働いている恐竜たちをしばらく見ていた。
「どうしたの。みんなを見ておどろいてるの」
「当然だろ。本物の恐竜だけど、みんな小さいんだもの。でもトウモロコシやキャベツはぼくの世界と同じ大きさだ」
「大きさなんか関係ないよ。大きな体だと葉っぱもたくさん食べなきゃならないし、寝る場所だってたくさんいるだろ。だから、オイラたちは長い長い年月をかけて小さくなったって先生がいってた」
「おどろきだな。地下五百メートルの洞窟の先が別の世界につづいているなんて。そこには小さな恐竜がいて、みんなで働いて、家族までいるんだ」
 ぼくはプッチにいった。
「別の世界ではないぞ。同じ地球じゃ。地面の上と下の違いはあるがな」

「あなた、地上から逃げてきたの。最近は台風や竜巻、地震が多いんでしょ」
「洞窟を探検していたら、他の洞窟に迷いこんでここに来ました」
「ここに来て正解だと思うよ。地上にいると死んでしまうぜ。少しずつ暑くなってるんだろう」
 寄ってきたアンキロサウルスがぼくを見上げていう。彼は地球温暖化のことをいっているのだ。
 ニウス先生がさらにつづけた。
「大気は汚され、海には毒が流れてるんでしょ。葉っぱには薬品がかけられて、食べれば病気になる。大地はかたい岩で固められ、山はくずされていると聞いてるわ。空気が汚れているので、地上に出るだけで死んでしまうって、ずっといわれてきたの」
 ぼくは否定できなかった。いつかそうなる可能性は高い。
「しかし、あまり多くの人間がここに来ると困るね」
 背後で声がした。
 ふりむくと、ケントロサウルスが立っている。背すじに沿って大きなトゲがあってこわそうだが、草食恐竜だ。
「校長先生、いらしてたんですか」
 ニウス先生がぼくに校長のケントを紹介した。
「みんな、仲良くするんだぞ。生き物の形や大きさで判断してはいけない。いくらおかしな容姿でもな」
 ケント校長がぼくを勇気づけるように背中をたたいていう。
 まわりの生徒たちが低いうなり声のような声をだしている。
「みんな、ジュンのことを笑ってるんだ。頭にトウモロコシの毛が生えたおかしな生き物だって。でも気にしないで。歓迎してるんだから」
 プッチがぼくにささやく。
「この地球には、我々が知らない世界がまだまだたくさんある。ジュンがやってきた世界は、地上の世界だ。そこには我々のような恐竜はいない。彼らは我々は大昔に滅びたと信じている」
「先生は地上の世界を見たんですか」
「残念ながら、見てはいない。私はじいさんから聞いたが、じいさんも見てはいない。何代も前のじいさんやばあさんからのいい伝えだ」
「そんなに昔というと……」
「何百年も何千年も前の話だ。我々は世界中の恐竜たちと連絡を取りあっている」
「どうやって取りあうの」
「テレパシーだ。生まれながらテレパシーの強いものが、さらに訓練を積むと海の向こうの仲間とも話すことができる」
「ヨーロッパやアフリカ、アジアの恐竜ともですか」
「そのとおり。ネス湖の仲間も、よくばあさまと話をしていたよ。だからばあさまは外国通だった。もう五十年も前の話だ。そのばあさまも去年亡くなった。ヒマラヤの友人とはもう何十年も前から連絡がとれん」
 雪男のことをいっているのか。
 ケント校長はしみじみとした口調で話した。
(イラスト・春木ゆう)

「地球は生まれてから四十六億年ほどたっている。最初はマグマの塊だったが、長い長い年月をへて、冷えて海ができ、陸地ができ、現在の地球になった」
 数時間前にガーデン公園の地球回廊で見てきたことだ。
「そして、約三十八億年前に生命が誕生した。五億年ほど前に魚類が出現し、さらに一億年ほどして、一部の魚類は両生類として陸に上がった。三億年ほど前にはわしら恐竜が出現して、あの時まで全盛期を誇ったんじゃ」
「グレイトインパクトですね。地球に巨大いん石が衝突して、そのときにまきあげたほこりが地球をおおい、太陽の光をさえぎって氷河期になったんでしょ。植物は枯れて、栄えていた地球上の生物の多くはほろんでしまった」
 ぼくはいった。車の中で父さんと話したことだ。
「あたっておるが、ちがう部分もある。地球上の多くの植物は枯れ果て、生物は死んでいった。じゃが一部の植物や生物は生き残ったし、私たち、恐竜の先祖も地下に逃れ、今まで生きておる」
 いつの間にか、ぼくらの周りには、ほかの恐竜たちも集まっていた。プッチとララもぼくの横に座り、ケラ長老の話を聞いている。
「でも、大きさがずいぶん変わった」
「食べものが極端に少なくなり、住める場所も少なくなった。だから、何千万年もかけて、自分たちの体を進化させたんじゃ。食料が少なくても生きていけるように、せまい土地でも住めるように、体を小さくした。だから生き残ることができたんじゃ」
 ぼくはジジに聞いた進化という言葉を思い出していた。
 プッチたちの長い長い進化の歴史だ。考えると気が遠くなりそうな時間の流れだった。
「植物は食べると、数が減ってしまう。体が大きいとたくさん食べなきゃならないだろ。住む場所も広くなければならない。仲間たちが生き残るにはこの道しかなかった」
「ほかの道を選んだ恐竜はいないの?」
 ケラ長老の表情がわずかながら変わった。しばらく何かを考えるように、集まった恐竜たちを見ている。
「わずかじゃが残っておる。食料が少なくなったとき、生き残るためにはどうすればよいかわかるかな」
「それぞれ食べる量を少なくするか、食べる者の数を少なくすればいい」
「そうじゃ。小さくなって食べる量を少なくしたグループと、数を減らして生き残ったグループに分かれたんじゃ」
 ケラ長老はぼくを見つめている。
「数を減らして、大きいままで生き残ったグループもあるってことですか」
「その通りじゃ」
 ケラ長老は大きくうなずいて、ぼくと周りの恐竜たちを見わたした。
「この地底の世界は二つの部族に分かれているんじゃ。一つは我々、生き残るために小さくなるという進化を受け入れたスモール族。もう一つは、その進化を拒否して昔のままの姿で生きつづけるジャイアント族だ。彼らは海の向こう側で暮らしている。彼らの世界は我々はよくは知らない」
 ケラ長老は歯切れの悪いいい方で話した。あまり話したくなさそうだった。
「これは、きみたち人間の先祖があらわれるより、ずっとずっと前の話じゃ。きみたち人間の誕生はたかだか二十万年ほど前じゃ。わしらは三億年も前から、この地球に存在しておった。だから、人間よりはるかに歴史もあり、賢いんじゃ」
 ケラ長老が心持ち胸を張り、誇らしげにいう。
「でも人間は地上で車を走らせ、飛行機で空も飛べます。宇宙にも人が住める宇宙ステーションもつくりました。何千メートルもの海の底にも行ける潜水艇もつくっています」
「文明にもいろいろある。わしらはここでしずかに、平和に暮らすことを選んだ。身の丈にあわせてな。ところがずっとあとになってあらわれた人間は、過酷な地上の気候のもとで体を守り、自分たちより大きく強い生物と戦うために道具を発明し、それを使って生きのびた。ときには、お互いに殺しあいながら。わしらは、めったやたらに殺しあいはせん」
 ケラ長老がぼくを見つめて強くいった。

「ほんもののつよさは体の大きさや力のつよさなんかじゃない。
正しいと信じたことをやりとげようとする勇気だ。
きみたちはそれをやりとげた」